よくある相談事例
このようなご相談をよく頂くことがあります。その多くは対処が難しいというのが正直なところです。従業員が在職中に必要な手当をしていないため、退職従業員に請求する根拠が何もないというのが原因であることが多いです。
そこで、今回は、在職中にどのような手当をしておけばよいか、退職後の競業避止義務にフォーカスして議論できればと思います。
従業員の競業避止義務とは?
従業員に対して、競合する事業を営むことを禁止するものが競業避止義務となります。一定の範囲に限られますが、有効であると解されています。条項例としては、次のようなものが挙げられます。
特に退職後の競業避止義務は、どの会社で働くか、どのような個人事業を営むかといった、憲法でも認められる重要な人権=職業選択の自由を制約するものであるため、その有効性には慎重な判断が必要となります。
なお、上記条項例は、相応に無効のリスクを孕んでいますので、ご留意ください。
競業避止義務を負わせる方法
先に、競業避止義務をどのようにして従業員に負わせることができるかを見ておきたいと思います。
大きく分けて、次の方法が考えられます。ただ、まさに退職後に特定の事業を開始しようとしている従業員に対し、その事業の実施を禁じる誓約・合意を得ることは困難といえます。したがって、在職中に競業避止義務を定めることが必須といえます(加えて、退職時に、雇用契約等に退職後の競業避止義務の定めがあることを確認するというのも有効な手段とはいえます。)。
- 在職中に、就業規則や雇用契約において定める方法
- 退職時に、誓約書や退職合意書において定める方法
退職後の競業避止義務の有効性
この論点に関しては、著名な裁判例(フォセコ・ジャパン・リミティッド事件。奈良地判昭和45年10月23日判例時報624号78頁)があります。この判決やその後の裁判例を踏まえた分析として、次の各考慮要素を総合考慮していると言われています。
- 守るべき企業の利益
- 従業員の地位
- 地域的な限定
- 義務の存続期間
- 禁止行為の範囲
- 代償措置
経済産業省が公表する「秘密情報の保護ハンドブック ~企業価値向上にむけて~」の参考資料5「競業避止義務契約の有効性」を主に参照
守るべき企業の利益・従業員の地位
競業避止義務は、単に顧客を奪われることを防止したいという目的のために課すことはできません。たとえば、競業を許してしまえば独自の営業方法や指導方法に関するノウハウや技術が外部に流出してしまうと困るとか、長期間のコストをかけて構築した顧客との関係を奪ってしまえるような競業は困るとかいった、一般の企業+αの事情がなければならないといえます。したがって、上記の目的に照らして必要な範囲の従業員に対して競業避止義務を課すことが、本来正しい対応となります。
とはいえ、その判断を個々で実施することは困難と思われます。就業規則で画一的に定めておき、実際には上記のような地位にある従業員に対してのみ競業避止義務違反の主張をするという運用をとるというのが、現実的な対応でしょう。実際に、競業避止義務を定める方向での就業規則の変更が有効と判断された事例は存在します(モリクロ事件。大阪地判平成21年10月23日労働判例1000号50頁)。
地域・期間・禁止行為の限定
これらは、競業避止義務の範囲に関する事項となります。広ければ広いほど職業選択の自由の制約が強くなり、無効と判断されやすくなります。また、範囲が不明確となれば、無効と判断されやすくなります。
競業避止義務の範囲を検討するにあたっては、次の事項を踏まえて判断をしてください。
- 地域
自社の商圏を踏まえて判断をすべきです。全国に顧客がいる場合は全国としてもやむを得ませんが、神戸市でしか事業をしていないのに、大阪市での事業を禁止することは、目的=守るべき企業の利益に照らして広範な制約だと言われかねません。 - 期間
何年であれば大丈夫だという決まった基準はありません。あくまでも目的=守るべき企業の利益や、従業員の不利益との総合考慮の中で判断されます。しかしながら、2年以上の長さとなると、無効と判断される事例が散見されるため、注意が必要です。 - 禁止行為
傾向として、単に「競業の禁止」ではなく、より具体的な限定を加えることで有効と判断されています。たとえば、在職中に知り得た顧客との取引を禁止するとか、(特殊な労力・資本投下が不可欠となる)具体的な業態の実施といった形での限定が有用です。目的=守るべき企業の利益に照らして、必要な範囲かという観点から判断する必要があります。
代償措置
代償措置は、競業避止義務のバーターとして、何らか従業員にメリットを与えているかという視点から、検討がなされます。代償措置が必須というわけではなく、実際に代償措置なしで有効性を認めている例はあります。もっとも、「裁判所が重視していると思われる」とも言われる要素なので、留意が必要です。
実際の事案では、次のような事情が考慮されています。
- (有効とする方向で考慮)一定の職位の従業員に競業避止義務が課せられることとなる場合において、当該職位の従業員に、そうでない従業員に比して高額の基本給や諸手当が支給されていたこと
- (無効とする方向で考慮)競業避止義務が課せられた前後で賃金の差がないこと
相談事例の対応
退職した従業員が近隣で当社と同じ事業を始めた場合、退職後の競業避止義務を課しているか否かで、対応が変わってきます。
競業避止義務がある場合
当該従業員に対し、同じ事業の実施を止めるよう請求すること(差止請求)が可能です。また、顧客が奪取されるなどして具体的に損害が生じたならば、損害賠償請求も可能です。現実的には、まずは内容証明郵便で警告書を送付し、訴訟外で議論をすることになるとは思われます。
いずれにせよ、そもそも競業避止義務が有効か否かは判断が難しく、また、各種請求も高度な法的判断を要するため、是非当事務所にご相談いただければと思います。
競業避止義務がない場合
冒頭に述べた対処が難しいケースは、この場合です。次のような状況がないか判断することになりますが、競業避止義務がある場合に比べて、請求のハードルは高くなってしまいます。だからこそ、従業員在職中の手当が必要だと説明させていただきました。
- 不正競争防止法上の営業秘密の不正使用がないか
営業秘密は厳格な要件があり、立証は極めてハードルが高く、請求が認められるか難しいといえます。 - 就業規則・雇用契約等における秘密情報の使用がないか
秘密情報を利用していることの立証は、ハードルが高いといえます。 - 顧客や従業員の不当な引き抜きがないか
引き抜きが不当である必要があり、計画的に行っているとか、大規模であるとかいった事情が必要となります。やはり請求のハードルは高いといえます。