企業に求められるパワハラ対応について
働き方改革が進められる中、各企業に求められる「パワハラ対策」のレベルも上がってきています。最近では「パワハラ防止法」も制定され、きちんと対応しないと「法律違反」となってしまう可能性もあります。
今回は「パワハラ」の定義や具体例としてどのようなケースがあるのか、パワハラ対策の必要性やパワハラ防止法のポイント、今後の対策方法について弁護士が解説します。
1.パワハラとは
パワハラとは、「パワーハラスメント」の略で「力による嫌がらせ」という意味合いです。
厚生労働省は「職場におけるパワハラ」を、以下のように定義しています。
「同じ職場で働く者に対して、職務上の地位や人間関係などの職場内での優位性を背景に、業務の適正な範囲を超えて、精神的・身体的苦痛を与える又は職場環境を悪化させる行為」
ポイントになるのは以下の点です。
1-1.優位性を背景にしている
上司が部下にハラスメント行為を行う場合など、何らかの「優位性」を背景にしているものがパワハラです。「人間関係」など職務上以外の優位性でもパワハラとなる可能性があります。
1-2.業務として適正な範囲を超えている
業務の適正な範囲を超えているものがパワハラです。業務上必要として認められるなら、何らかの優位性を背景としている行為でもパワハラになりません。
1-3.精神的身体的苦痛を与える
ハラスメント行為となるのは、相手に精神的・身体的苦痛を与えるものです。プライバシー権や名誉権などの権利侵害、殴ったり胸ぐらをつかんだりする場合などにパワハラとなる可能性があります。
1-4.職場環境を悪化させる
直接的に攻撃しなくても、職場環境を悪化させるだけでパワハラとなる可能性があります。
2.6類型のパワハラと代表的・典型的な事例
厚生労働省によると、パワハラは6つの類型に分類されます。それぞれの内容と典型的な事例を見ていきましょう。
2-1.身体的な攻撃
相手の身体に危害を加える行為です。
- 典型例
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胸ぐらをつかむ
相手の身体を揺する
椅子を蹴り倒す、大きな物音を立てる
書類を投げつける
殴る、蹴る
2-2.精神的な攻撃
名誉権やプライバシー権の侵害、暴言などにより相手に精神的な苦痛を与える行為です。
- 典型例
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「給料泥棒!」「お前みたいな無能なやつは見たことがない」「辞めてしまえ!」などとなじる
他の社員がいる前でプライベートな情報を公開する
他の社員がいる前で大声を出して叱責し、見せしめ行為をする
2-3.人間関係からの切り離し
無視したり仲間はずれにしたりして、人間関係から切り離す嫌がらせです。
- 典型例
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チームの1人にだけ業務に必要な情報を知らせない
資料を1人にだけ配らない
1人だけ業務上のグループチャットなどに参加させない
2-4.過大な要求
とてもできそうにない量や質の業務を強制したり、業務を妨害したりする行為です。
- 典型例
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「明日までにこれを全部やっておくように」などと告げて終わるはずのない業務を押しつける
対象従業員のスキルからしてできるはずのない業務を強制する
2-5.過小な要求
本人のスキルや意欲とかけ離れたレベルの低い業務しか与えない行為です。ただし本人が低いレベルの業務を行うことに納得していればパワハラにはなりません。
- 典型例
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専門資格を持っていて資格を持った仕事をすることを前提に採用されているものに対し、コピーのみをさせる
知識も経験もあって重要な仕事ができるにもかかわらず、本人の希望に反して資料作りなどの単純作業のみをさせる
2-6.個の侵害
業務上の必要もないのに、プライベートに踏み込む行為です。
- 典型例
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個人的なSNSで業務と無関係な連絡をする
私物のスマホの中身を知ろうとする
夫婦関係、親子関係を探る
結婚や出産の予定をしつこく聞く
3.パワハラが違法となるかどうかのメルクマール
従業員から「パワハラを受けています」と相談を受けたら、実際にパワハラが発生しているのか調査して判断しなければなりません。その際には以下のような点が判断のメルクマールとなります。
3-1.優位性を背景にしているか
パワーハラスメントの定義に該当するには「職務上や人間関係などの優位性」を背景としている必要があります。まずはパワハラの加害者が被害者に対し、何らかの優位性を持っているかどうかを確認しましょう。特にどちらにも優位性や劣位性がなければ、基本的にパワハラになりません。
ただし優位性は「職務上の優位性」に限られません。一般的にパワハラというと「上司から部下へ向けてのもの」と思われがちですが、それ以外のケースでも「優位性」が認められます。たとえば人間関係や親の地位(部下の親の社会的地位が高い、親会社の社長であるケース)など、何らかの要素があって優位性が保たれていれば、部下から上司へのパワハラや同僚間のパワハラが成立する可能性もあります。
3-2.業務として適正と言えるか
パワハラとなるのは「業務として適正な範囲」を超える場合のみです。一見すると過大な要求、過小な要求、個の侵害のように見える行為であっても、「業務に関連していて適正な範囲内」であればパワハラになりません。
パワハラの相談を受け付けたときには、加害者と被害者の双方、周囲の関係者などから話を聞いて「業務として適正な範囲であったといえるか」を検討する必要があります。
3-3.6つの類型の1つに当てはまっているか
パワハラには上記で紹介した6つの類型があるので、パワハラに該当するかどうか検討するときには、当てはまっているかどうかを検討しましょう。1つに限らず同時に2つ以上にあてはまるケースもあります。
3-4.違法となる場合の具体例
上司が部下に対し、日常的に声を荒げて他の社員のいる前で叱責している
人間関係で優位となる同僚が同じチームのメンバーを仲間はずれにしている
上司が部下へ、明日までに終える必要がないのに「必ず明日までに終えておくように」と多量の課題を与える
スキルも意欲もある従業員に対し、意に反して簡単な単純作業しかさせない
3-5.適法となる場合
特に優位性のない同僚間で、仲間はずれなどの嫌がらせが行われる
部下が上司へ反抗的な態度をとる
明日までに必ず終える必要のある課題について、対応能力のある部下へ「明日までに終えるように」と課題を与える
スキルを持っているが本人が単純作業を希望しているので単純作業をさせている
4.パワハラ防止法について
近年、政府主導で働き方改革が進められ、パワハラを抑制するための法律が整備されました。いわゆる「パワハラ防止法」です。
パワハラ防止法は通称で、実際には「労働施策の総合的な推進並びに従業員の雇用の安定及び職業生活の充実等に関する法律(通称は労働施策総合推進法)」が改正されてパワハラ防止規定がもうけられました。
パワハラ防止法の概要は以下の通りです。
4-1.事業者へパワハラ対策を義務化
パワハラ防止法は、各事業者へパワハラ対策の整備を義務づけています。具体的には以下のような措置や対応をとらねばなりません。
- 適切な相談、対応するための体制を整備
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各企業は、社内でパワハラが発生した場合にそなえて従業員から相談を受けられる体制を整備しなければなりません。また相談を受けたときに適切に調査を進めて問題解決するためのプロセスなどもあらかじめ定めておく必要があります。
- 不利益な取扱いの禁止
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従業員からパワハラ被害の相談を受けたとき、企業がその従業員や調査に協力した他の従業員に対し、解雇や異動、減給などの不利益な取扱いをしてはなりません。
- パワハラを防止するための研修などの啓蒙措置
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各企業は、自社内でパワハラが発生しないように従業員や役員に注意喚起する必要があります。パワハラに対して理解を深めるべく研修を行ったり日常的に「パワハラを許さない」という呼びかけを行ったりして、意識づけをしましょう。
- 経営陣が自覚を持って対処する
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社長や役員などの経営陣が、自らパワハラに対する理解を深めて「パワハラを許さない」という高い意識を持つ必要があります。日常的に従業員に対してそういった態度を表明しましょう。
4-2.企業がパワハラ防止法に従わなかった場合のペナルティ
パワハラ防止法に従わなかった場合には、行政勧告を受ける可能性があります。調査を行った上、改善の必要があれば指導や助言が行われます。
それでも企業が勧告に従わない場合には「違反企業」として世間に公表されます。
ただしパワハラ防止法に刑事罰は用意されていないので、罰金や懲役などの刑罰が適用されることはありません。
4-3.パワハラ防止法の施行時期
パワハラ防止法が施行される時期は、大企業と中小企業とで異なります。
大企業に関しては「2020年6月1日」から適用されます。
中小企業については2年間猶予され「2022年4月1日」から義務化される予定です。ただし2022年3月までは何もしなくて良いという意味ではありません。現在においてもパワハラを放置すると以下のように高いリスクが発生しますし、将来の義務化に備えて今から体制を整える必要があります。
5.企業がパワハラを放置した場合のリスク
自社内でパワハラが発生しているのに適切に対処せずに放置すると、以下のようなリスクが発生する可能性があります。
5-1.損害賠償責任
雇用主は、従業員との雇用契約にもとづいて各従業員の職場環境に配慮すべき義務を負います(職場環境配慮義務)。パワハラ防止法によっても、企業がパワハラを防止するための具体的な措置が義務化されています。
パワハラ被害を放置すると、職場環境配慮義務に違反することになるので企業が被害を受けた従業員へ「損害賠償」しなければなりません。
被害を受けた従業員がうつ病となって自殺すると、遺族から慰謝料や逸失利益などの莫大な損害賠償を求められる可能性もあります。
5-2.従業員のモチベーション低下
職場内でパワハラが横行していると、当然従業員のモチベーションが大きく低下します。昨今ではコロナウイルスの蔓延によってただでさえ社会全体の気分が落ち込んでいる中、さらに企業の収益力、生産性が落ち込んでしまう要因になるでしょう。
5-3.離職、新卒採用が困難となる
社内でパワハラが行われると、嫌気のさした従業員が離職する可能性が高まります。特に最近の20代、30代の労働者は転職を当然の権利と考えており、昔と違って簡単に退職してしまうので注意が必要です。
またパワハラが行われていることが世間に知れると新卒採用も困難となり、人材確保に困難をきたすでしょう。
5-4.評判低下
パワハラを放置していると、元従業員や現従業員がネットの口コミサイトやSNS、ブログなどに書き込んだりyoutubeで配信したりする可能性があります。すると企業イメージが低下して、商品やサービスが売れにくくなるリスクが発生します。レピュテーション被害を軽く考えてはなりません。
6.経営者、管理職が気をつけるべきこと
パワハラを防止するため、経営者・管理職としては以下のようなことに注意しましょう。
6-1.高い意識を持つ
まずは自らが「パワハラを許さない」という高い意識を持つことが何より重要です。管理職専門の研修などを行って全員が「パワハラとは何か」を理解し「パワハラ行為をしてはならない」という共通認識を持ちましょう。
6-2.パワハラ行為をしない
実際にパワハラとなる行為をしてはならないのは当然です。パワハラになりうるのがどういった行為かをしっかり理解して、日頃から注意しながら部下に接する必要があります。
6-3.従業員へパワハラを行わないよう日常的に意識付けを行う
部下や一般従業員に対しては、経営者や管理職が率先して意識付けを行いましょう。常日頃から部下に気になる言動があれば「パワハラとはどういったことか」「それはパワハラになる可能性がある」などと指摘して日常業務内でパワハラを防止していきましょう。
7.会社としての事前対応・事後対応~パワハラ防止法への対応~
会社全体としてパワハラ対策のため以下のような対応をとるべきです。以下はパワハラ防止法への対応を含んだものとなりますので、これから法改正に対応しようと考えている企業も参考にしてください。
7-1.事前対応
パワハラが起こらないように、事前措置として以下のような対応をしましょう。
- 広報活動による周知の徹底
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社内全体に「パワハラを行ってはならない」と啓蒙します。パワハラ防止法が制定されたことなどを含めて説明し「なぜパワハラを行ってはならないか」「パワハラの典型例」などを広報誌やメールなどで周知させましょう。
- 研修を実施する
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次に一般従業員、管理職に分けてパワハラ防止のための社内研修を実施するようお勧めします。
一般従業員への研修
一般従業員の中には「上司から怒鳴られるだけでパワハラになる」と誤解している人も多いので「パワハラになるケース」と「ならないケース」について適正に理解させることが大切です。管理職偏見集
古参の管理職の中には、パワハラ防止に抵抗感を持っている人が多く存在します。そういった人に向けて、パワハラのリスクや対応の必要性についてしっかりと理解させ受け入れてもらわねばなりません。たとえば「パワハラが横行すると、部下が怖がって必要な情報を上司に伝えなくなってしまう。それではかえって業務が滞るリスクがある」などと説明することで、納得してもらえるケースもあります。
- 相談体制を整える
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パワハラが発生したとき、従業員が気軽に相談できる体制を整えましょう。社内の相談窓口だけではなく、弁護士事務所などの社外の相談窓口ももうけておくと、従業員が柔軟に利用しやすくなります。
- 相談を受けたときの対処方法のプロセスを明確化する
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相談を受けたとき、どのように調査や処分を進めていくかプロセスを明確化しておきましょう。「対応マニュアル」の整備が必要です。自社のみで対応が困難なら弁護士に依頼するようお勧めします。
- 情報管理体制を整える
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パワハラの相談や対応の際に取り扱う情報にはプライバシー情報が多く含まれます。情報漏えいがあると問題が大きくなるので、情報を適切に管理する体制を整えましょう。
7-2.事後対応
パワハラが発生した場合には、以下のように対応を進めましょう。
- 適切な方法で調査を実施
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まずはパワハラがあったのか、あったとすればどういった内容か、適切に調査を進める必要があります。被害者のプライバシーが守られるように注意しながら、加害者や被害者、関係者からの聞き取り調査や検討を進めましょう。
- 加害者への処分
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パワハラがあったことが明らかになれば、加害者への処分を行います。戒告や異動、降格など、状況に応じた対処を行いましょう。加重な処分を行うと加害者側から「違法処分」と主張されてしまうので、注意が必要です。
- 被害者の保護
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被害者の保護措置も必要です。配置転換などが考えられますが、場合によっては休業を認めるべきケースもあるでしょう。
- 再発防止措置
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今回の問題の反省を含め、再発防止措置をとるべきです。たとえパワハラに該当しなかったとしても「なぜそういった相談が寄せられたのか」という視点から改善が必要です。
パワハラ防止法が制定された今、企業が適切にパワハラ対策を行うには法律の知識を持った弁護士によるサポートが必須といえます。当事務所では神戸の中小企業を中心にさまざまな法律問題についての助言や規定作成などを行っております。パワハラ対策に関心をお持ちの経営者の方がおられましたら、お気軽にご相談下さい。