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知財高裁の裁判例(令和3年(ネ)第10074号)から考える、BitTorrentによる著作権侵害についての侵害者側の対応

はじめに

BitTorrentにより有料動画を共有したとして、著作権侵害を理由に動画の制作会社から発信者情報開示請求を受けたBitTorrentユーザ(X1〜X11)が「原告」として、著作権者である制作会社に対して、「損害賠償債務が存在しない」ことの確認を求めていた裁判について、令和4年4月20日に判決の言い渡しがありました。

この事件、最初は東京地裁に令和2年(ワ)第1573号として係属し、簡単に言えば、原告(BitTorrentユーザ)のうち、X5とX11の二人については原告の勝ち、それ以外の原告については負け、という形で令和3年8月に判決の言い渡しがあったものです。

その後、X2以外の原告と、被告(動画制作会社)が控訴し、その判決が出たことになります。知財高裁の判断内容としては、技術的な観点からの表現の修正や、理由の補足がなされ、また著作権侵害の責任を負うべき期間が短縮されるなどしたものの、大筋としては東京地裁の判断が維持された(一審原告であるBitTorrentユーザのうち、X5とX11以外は負け)と言えるかと思います。

当事務所では、BitTorrent利用による著作権侵害として、プロバイダーから「意見照会書」が届いたがどうしたらよいか、というご相談を多くいただいていますが、その際の対応を考える上で、この裁判例は有意義に思いましたので、詳しめに検討していきたいと思います。

なお、とりあえず結論だけ知りたいと言う方は、ここをクリックして、この解説の最後にある「まとめ」にジャンプしてご覧ください。

裁判で争われた争点ごとの結論と、実際の相談事例との関連

この事件では、原告・被告とも、ふだんから我々が考え、また依頼者の方からもしばしば受ける質問のヒントになるような争点について争われています。

そこで、以下では、特に大きな3つの争点について、①争点、②裁判所の判断、③当所の相談でよく聞かれることへの影響、という観点で整理します。具体的な争点ごとの詳細は、別な機会での説明を予定しています。

〔争点1〕著作権侵害(行為)の有無

①争点

そもそも、BitTorrent自体はなんら違法性がない仕組みですし、また、民事訴訟は漠然と「なんらかの違法なファイル共有をした」ことを争う場所でもありません。著作権侵害を理由に損害賠償請求をする場合、著作権者は、自分が著作権を有する動画のうち、どの動画について相手方がどのように著作権を侵害したのかを具体的に証明する必要があります。

争点1では、この点について、「本件で問題とされている特定の動画ファイル」を本当に一審原告らが共有(ダウンロード及びアップロード)したのか、具体的な侵害行為の有無について争われました。

②裁判所の判断

この点について東京地裁は、X5とX11については「IPアドレスに係るハッシュは明らかではないので、…ダウンロードしたと認めることはできない。」と認定し、知財高裁もこの判断を維持しました。

意見照会書を受け取った方は、おそらく、プロバイダーからの資料にハッシュ値(データを関数に入れて計算して得られる計算結果の数値。同じデータであれば同じ数値になる。逆も真かはモノによる)が書いてあるかと思います。本件では、裁判所に出された証拠上、X5とX11については、問題とされた特定の動画ファイルと一致すると認定できなかった(ので勝てた)ということかと思います。

一方、X5とX11以外のユーザーについては、東京地裁及び知財高裁とも侵害行為を認定しています。

③当所の相談でよく聞かれることへの影響

実際のところ、BitTorrent系のソフトを使用する際に、細かい動画のタイトルや制作会社を覚えている人は多くはないため、具体的な「その」動画を共有したかは記憶にない、という方は多くおられます。

ただ、本件についての具体的な背景はわからないのですが、判決書を読むかぎり、X5とX11については特殊な事情があったようです。

一般的には、著作権者が、信頼性が確認されたとされるシステムによってBitTorrentのネットワークを利用しているIPアドレスとファイルのハッシュ値を具体的に特定し、これに基づいて発信者情報開示請求をし、その後にプロバイダーから著作権者に対してIPアドレスに対応する契約者の氏名及び住所の開示がされ、後の裁判はそれを前提に進む、というのがよくある流れかと思います。

とはいえ、そもそもIPアドレスは特定の個人に紐づけられているものではなく生成したソケットに紐づくものですし、今後も争点となる余地は多々あるように思います。もしご自身が受け取った意見照会書等に疑問がある場合は、ご相談ください。

〔争点2〕共同不法行為性について

①争点

我々は、通常は自分がしたことの範囲でしか責任を負いません。例えばAさん、Bさんの二人が別々にCさんの権利を侵害した場合、AさんとBさんは、それぞれ別々にCさんに対して損害賠償債務を負う(民法427条の分割債務となる)のが一般的な不法行為の考え方です。

しかし、ある損害の発生について複数の人の行為が直接又は間接に相関連共同している場合など、原則通りだと不公平が生じる場合は、その損害の賠償について、関係者全員に連帯して共同責任を生じさせる規定があります。民法719条には、こうした「共同不法行為」に対する共同責任について規定しています。

共同不法行為が争点となった理由は、BitTorrentに参加するノード(ピア)間で送受信されるデータの単位は、大元の動画データを細かく分割した一部である「ピース」であり、ここのピースだけを見ると「著作物(=思想感情を創作的に表現したもの)」とは言えないんじゃないか、という当然の疑問が生じるためと思われます。

著作権侵害は「著作物」を複製したり、ネット上のオープンな場所に置いたりした場合に問題になるわけですから、BitTorrentにおいてピア間で送受信する「ピース」が著作物でないならば、著作権者は、ある一つのピアが全てのピースを送受信したことを立証できなければ、当該ピアに対応するクライアントを起動していたユーザについて著作権侵害が成立しないことになりえます。

しかし、BitTorrentによるファイル共有について上記の共同不法行為が成立するならば、ある動画ファイルのトラッカーにぶら下がる全てのピアが相互に関連し共同してファイルを共有しているのだから、当該ピアに対応するクライアントを起動していたユーザ全員に対して共同責任を生じさせることができます。

そのため、本件でも共同不法行為の成否やその内容が争われています。

②裁判所の判断

知財高裁は、Torrentのネットワークにおける通信の実情等を認定しつつ、719条1項の共同不法行為の成立を認めました。ただ、共同不法行為で議論されている細かい法律論の中身については特に触れられていません(それが裁判所全般のデフォルトですが)。

③当所の相談でよく聞かれることへの影響

我々の相談者のうち、BitTorrentの仕組みについても調べておられる方で、「動画ファイルの一部しか送っていないのであれば著作権侵害が成立しないのではないか」と質問してこられたケースがありました。

私自身、判決書を読んだだけなので本件の裁判所の認定がどこまで妥当なのかはよくわかりませんが、本件を参照する限り、たとえ動画の一部のみをアップロードした場合にも、著作権侵害は成立すると言う判断がされる可能性が高いということになりそうです。

また、相談者の中には逆にBitTorrentの仕組みを全くわかっておられなくて、「自分が取得したファイルがその後に送信(可能化)していることを知らなかったのだが、それでも責任を負うのか」と質問される方もおられます(こちらの方が多い印象です)。

これについて裁判所は「ファイルをダウンロードした場合、同時に、同ファイルを送信可能化していることについて、認識・理解していたか又は容易に認識し得たのに理解しないでいたものと認められ、少なくとも、本件各ファイルを送信可能化したことについて過失があると認めるのが相当」 という判断を示しています。

〔争点3〕共同不法行為に基づく損害の範囲

①争点

BitTorrent上で動画ファイルを共有することについて、各ピアとなるクライアントを起動させているユーザ間に共同不法行為が成立する場合であっても、共同責任を負うべき期間は、当該ネットワークが発生してから(トラッカーが稼働してから)未来永劫の全ての期間(最大の期間)から、各ピアごとに、起動していた個別の合計時間(最小の期間)まで、大きな幅が考えられます。

しかし、いくら共同不法行為が成立するとしても、そもそもBitTorrentのネットワークに参加する前に他人が侵害した分まで責任を負わされるのは因果関係がなく不当ではないか、とも思われます。

本件でもこの点が争点として争われました(他にも、損害額を推定する際の要素について争われていますが、期間の認定が特に問題になるように思いますので、他の点はここでは省略します)。

②裁判所の判断

結論として、裁判所は、各ユーザがBitTorrentを利用していない時期については因果関係がないとして、BitTorrentの利用前と、利用終了後については責任を負わない旨を判断するとともに、ユーザごとに侵害行為の始期と終期を認定しました。

このうち始期については、言及されている具体的な証拠の内容がわからないのですが、おそらくBitTorrentの使用状況を調査するサービスにおいて、当該ユーザに対応するIPアドレスが特定の動画ファイルに対応づけられて検出された日時のうちのいずれかを使っているのだろうと思います。

一方の終期については、原審の東京地裁では、「各ユーザがプロバイダーから意見照会書を受け取って(本件訴訟の代理人となっている)弁護士に相談した日」と認定したのに対し、知財高裁では、「各ユーザがプロバイダーから意見照会書を受けた日」に訂正されています。

③当所の相談でよく聞かれることへの影響

相談者からは、プロバイダーから割り当てられるIPアドレスが変わることを根拠に反論できないかという質問をうけることがありますが、少なくともプロバイダーから開示された結果に基づいて事実認定がされている限りでは、IPアドレスの割り当てが動的であること自体は問題になりにくいように思います。

むしろ大事なのは、BitTorrentで違法な行為をしてしまったことを自覚したなら、なるべく早く同クライアントの「利用を終了したことの証拠」をつくることかと思います。 訴訟で争う場合はもちろん、示談交渉で和解する場合であっても、あまりに利用期間が短いことを示す証拠があれば、交渉の幅が出てくる可能性があるためです。

上記の証拠作りについても、状況に応じて色々な方法が考えられますので、お気軽にご相談ください。

まとめ

かなり長くなってしまいましたが、まとめると、

  • 侵害行為を否定することは、相手方が立証に失敗しない限り、こちらから積極的な「何か」を証明しないと難しいだろう
  • 「BitTorrentの仕組みを知らなかった」は、たぶん認められない
  • 著作物の一部の送受信であっても、共同不法行為として著作権侵害が成立しうる
  • 賠償責任を負う期間は、各々がBitTorrentの利用を開始した時期から利用を終了した時期まで
  • 少しでも責任を負う期間を短縮するためには、早期に利用を終了した証拠を作っておくことで有利になる可能性がある

となります。

我々がBitTorrentの著作権侵害について依頼を受ける際、基本的には、妥当な示談金で収まるのであれば相手方弁護士との交渉を通じて示談するのが、結果的に依頼者の負担軽減につながるケースが多いように感じています。

本件は一審原告が多数いるため一人当たりの具体的な弁護士費用がどうなったのかわかりませんが、通常は、違法な動画共有について裁判で争うのは、費用面に加えて、時間的・精神的な負担も大きいのではないかと思います。また、仮にある訴訟で勝ったとしても、BitTorrentで色々共有していた場合には、別な著作権侵害について別途訴訟を起こされるリスクもあります。

こうしたコストとのトレードオフとして、合理的な範囲での示談ができるようにお手伝いしておりますので、プロバイダーから意見照会書が届いたり、あるいは届く前であっても違法に著作権侵害をしてしまった、という方は、お気軽にご相談ください。不安を解消するための一番良い方法を、一緒に検討させていただきます。

IT法務全般・ソフトウェア・著作権伊藤英明
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