企業視点で見た産学連携の注意点<後編>

企業視点で見た産学連携の注意点<後編>

本文章では、前編に引き続き、企業が産学連携に取り組む際の注意点について、ご説明します。

大学のひな形を使う際の留意点

不実施補償について

前編でも触れましたが、特許権が共有にかかる場合、それぞれの特許権者は自由に自己実施できるのが特許法上の原則(※1)です。

(※1)ちなみに、共有された特許権についての各特許権者による実施の可否は主要国の間でもかなり異なっており、大事な発明は高い割合で外国出願する近年の傾向も踏まえると、共有特許権が使いにくい原因になっていることがしばしば指摘されます。

一方、大学から送られてくる共同研究等の契約書ひな形には、「大学と企業で共有する特許権についても、企業が自己実施した際は、大学に実施料を支払う」という内容の「別段の定」(特許法73条2項)が規定されている場合があります。これが、いわゆる「不実施補償」と呼ばれる規定です。

理不尽なようにも思えますが、大学は、一般的には特許発明を自己実施する能力がないため、原則通りだと、実質的には企業だけが特許から収入を得ることになってしまうため、その公平を図るため、と説明できるかと思います。

この点、以前は双方が譲らずに揉めることもあったようですが、最近では、

(A)大学が独自に第三者へ実施許諾することを認めないなら企業が不実施補償を支払うが、
(B)大学が独自に第三者へ実施許諾することを認めるなら不実施補償は支払わない、

という整理を基本軸に、(業界にもよるでしょうが)比較的合意が得やすくなっているように感じます

なぜなら、(A)であれば、確かに大学は特許を共有する企業からしか特許収入を得られませんが、(B)であれば、大学は第三者に実施許諾をすることで独自にライセンス収入を得る道があるため、不公平とは言えないためです。

さくらツールについて

さくらツールは、11類型の契約書ひな形等を含む、国が作った産学連携の枠組み作りのためのガイドラインです。

さきほど(※1)として書きましたが、グローバルでは非常に使い勝手が悪いにもかかわらず、従来、産学連携(にも限りませんが)の成果の多くは、硬直的に「とりあえず共有」とされてきました。

しかし、せっかく費用と時間をかけて取得した特許権をいざ実施しようとすると、共有者の合意が取れずに身動きが取れない、となると非常に勿体無いです。

そこで、成果活用を第一に柔軟な枠組み作りができるよう策定されたのが、さくらツールです。そのため、産学連携の成果の活用を熱心に検討したい、という場合には参考になる部分が多いかと思います。

「公表」の時期に注意

ひな形では、共同研究の成果を公表する者は、公表の所定日前までに相手方に通知するよう定められている場合があります。

<前編>でご説明したように、産学連携の契約では、共同研究の成果が秘密保持の対象に含まれていない場合があります。この場合、大概は、上記の事前通知を受けてから所定日数以内に相手方に非公開を希望した場合だけ、公開しない、というような建て付けになっているかと思います。

しかし、大きな学術会議では、会議当日よりかなり前に概要や予稿集がオンラインで入手可能になる場合が多々ありますので、大学の研究者が考える「公表」より前に、大切な営業秘密が不特定多数に知られてしまっている事態があり得ます。秘密が公表されてしまってからでは取り返しがつきませんので、研究発表等の申し込み時には通知し合うよう定めておくことが好ましいです。

最近の産学連携で必要な他の留意点

以上述べたことに加え、最近の社会動向などからは以下の点にも留意しておく必要があるように思います。

米中対立の影響

米中対立による経済安全保障の観点から、今後は米中両国が相互に、技術情報の再輸出について厳しい対応をしてくることが予想されます。

<前編>でも触れた留学生比率の高さに加え、もともと大学の研究室は海外と人や情報の交流が頻繁にある場所ですので、例えば先端的な素材や通信技術等が絡むテーマを大学に出す際には、輸出管理の面からもしっかりとリスク評価や、必要に応じた情報管理体制の確立を大学側に求めていくことが大切です。

贈賄とされるリスク

「大学の口座」に正規の奨学寄付として200万円を振り込んだ製薬大手企業の従業員が、自社製品の積極使用を働きかけたとして、元大学教授への贈賄の被疑事実で逮捕され、その後に起訴されたという報道がありました。

社内で正規の決裁手続きを経て、しかも、教員個人の口座ではなく、大学の口座宛に振り込んだ場合であっても、状況によっては贈賄の疑いをもたれうるわけです。今後は、従来以上に注意が必要なポイントかと思われます。

契約でデータの利用権限を確保する

ビジネスにおけるデータの重要性が指摘されるようになって久しく、多くの企業で、自前のデータを使って利益を上げたいと考えておられることと思います。

しかし、産学連携で得られたデータの取扱については、一般的な知財条項だけではそうしてもグレーゾーンが出てきます。できれば、データのどんな態様でのどういう利用について、誰が利用権限を持っているのかと言う点について、実際のデータの利活用処理を想定して具体的に契約で定めておくことが好ましいです。

この点は、ひな形からは抜けがちな点ですので、データが重要な成果の一つと期待されている場合には、慎重に検討すべきかと思います。その際は経産省の「AI・データの利用に関する契約ガイドライン」等を参考にしても良いですし、産学連携に詳しい弁護士等に相談されるのも良いと思います。

おわりに

一口に産学連携といっても、企業と研究室とのお付き合い的なものから、多数の企業や大学がコンソーシアムを作って行う大規模なものまで様々ですが、本文章では、将来の揉め事を避けるために比較的どんなケースでも共通して注意が必要となる点についてご説明しました。

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伊藤 英明

Hideaki Ito

弁護士 / 弁理士 / 博士(情報学)
日本工業所有権法学会, 著作権法学会, 情報ネットワーク法学会

力新堂法律事務所に所属し弁護士業を営む傍らで、都内IT企業に勤務しています。データを見て推測するのが好きです。

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